別れの谷

『別れの谷 – 消えゆくこの地のすべての簡易駅へ』(이별하는 골짜기)
イム・チョル著
朴垠貞、小長井涼 共訳

四六判 ソフトカバー
ISBN978-4-380-18008-8 C0097  284頁
定価:本体2000円+税(2018年8月)

「わたしのことを記憶しつづけていてください」
夢から覚めたとき、それは見捨てられた駅が話しかけてきたのだと思った。この小説はそんなふうにして生まれた。だから、二人の男、それから二人の女をめぐるエピソードより成るこの小説の本当の主人公はあの簡易駅なのだ。
「別れの谷」という悲しき名を背負ってそこに生まれた駅は、もはや皆からは忘れられ、跡すら残すことなく、 ひとり消え去ろうとしている…… ( 作者のことばより )

……10月の末、江原道の秋は深い。なかでも旌善の秋光はとくに深く、ひそやかだ。山道は幾重にも折れ曲がり、1000m級の峰々が30も連なる代表的な山岳地帯となっている。
櫛の歯のごとく密集する陵線と、細い根のように伸びていく無数の川筋。遥かに切りたった千尋の絶壁、息切れしそうなほどにうねうねと登ってゆく峠と峠……。
この時期、旌善の土は鮮やかな紅葉の光にただ酔いしれるばかりである。
地図を見ると、屏風のような谷間に、一筋の線路が西から東へ折れ曲がりながら続いていることがわかる。太白線である。忠清北道の堤川を出、19の小駅を通って太白市郊外の白山駅に至るこの路線は、全長百キロにもなる国の代表的な産業鉄道である。いっときは10数年連続で全国最大の貨物輸送量を誇ったこともあったが、石炭産業の衰退とともにその鉄路は遠い昔の伝説として忘れ去られ、いまは老体を晒すのみである……(プロローグより)


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